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腹痛患者さんに対して痛み止めをする事に問題があるか? [医学関連]

 「Do Opiates Affect the Clinical Evaluation of Patients With Acute Abdominal Pain?」(JAMA. 2006;296:1764-1774)と言う文献を読んでみました。「オピオイドは腹痛患者さんの臨床評価に影響を与えるか?」と言う意味です。オピオイドは簡単に言えば医療用麻薬です。

 これは「The rational clinical examination」と言うシリーズで、以前も紹介しました。胆のう炎の診断に最も役立つのはどれか?みたいな事について検討した文献のシリーズです。前回の記事は書籍になっていて、日本語があったので読みやすかったですが、この本が出版されてからの文献なので英語のみです。今年はTOEIC受けようかと思っているので、勉強中ですので読んでみました。

 腹痛を訴える患者さんに対しては、診断が確定するまで痛み止めを打ってはいけないと言う教えが医師と言う信者達に広められています。教えに背くとつら〜いお仕置きが待っているらしい?です。

 しかし、これを読めば、以下のような時に根拠を持って意見を言えます。

 あなたは5年目の内科医です。

 今日は病棟の新年会で、若い者が貧乏くじをと言う事で当直になってしまいました。得意の宴会芸も披露できないし、お目当ての看護師リナさんと二人だけで二次会に行く事も出来ません。そんな日に限って忙しく、夜10時半頃、30歳の男性が、やはり新年会に参加中、急にお腹が痛くなったと言って来院されました。良く聞けば、痛みは新年会前から心窩部にあり、今は右下腹部が一番痛いそうです。お酒のせいかも知れませんが、吐き気もあり、1度吐いたそうです。

 俺も新年会行きたかったなあ、、、患者さんは若いから心筋梗塞はないだろうけど、一応心電図なんかもやっておくか。かなり痛そうだから、採血とCTも、、、白血球が16000、CRPは5.3。体温は38.1度。CTは専門外だからよく分からないけど、虫垂が腫れているんじゃないかな、、、、右下腹部に限局した圧痛もあるし、psoas signも陽性だし、Alvarado scaleも7点だ。アッペに間違いないだろう。外科の先生を呼ぼうっと。

 今日の外科オンコールはKim先生か、、、、もう23時半だな、、、彼も病棟の宴会に誘われていたから(何で外科の先生が内科の病棟の宴会に誘われるんだ?と言う疑問はさておき)きっと今ごろクラークのエリカちゃんとカラオケかなんかやっているんだろうな、、、(彼はエリカちゃんがお気に入り、自分もちょっと良いなと思っている、、、、何てこと考えてる時か??)

 電話に出たKim先生は、明らかに二次会中で、かなり酔っていました。すぐ見に来てくれると言う事でしたが、自分でお腹を触って手術するかどうか決めたいので、絶対に痛み止めは打たないように言われてしまいました。「先生はどのぐらいで到着しますか?」と聞いた所、今良い所だから(っていったいどんな??)1時間待ってと言われました(+_+)。すぐって言ったじゃん、、、、

 患者さんはかなり痛いようで、奥様も痛み止めを使ってくれと何度も言ってきます。理由を説明しても、理解してもらえるはずもなく、だんだん険悪ムードに、、、、、


 結論から言ってしまうと、こんな場合には、Kim先生に対して電話で以下のように言う事が可能です(実際に言って良いかどうかは不明です。怒らせてしまう可能性もあります(^.^))。

 JAMAのレビューによれば、エビデンスレベルは高くないですが、痛み止めを使っても診療に重大な間違いを起こす可能性は非常に低く(NNHは909!)、患者さんの苦痛をとるために痛み止めは積極的に使って良いとされていますので、使わせて頂きます。

 全文はネットでは読めません(が、私は読みました)ので、要約から。

背景
 臨床医は歴史的に、急性腹症の患者に対して、外科医による評価がされるまでオピオイド鎮痛薬を控えてきた。鎮痛薬が診察所見を変化させ、診断に影響する可能性があるとされていたからである。
目的
 急性腹症患者の診察所見と手術の決定に対するオピオイド鎮痛薬の影響を調べる。
データと研究方法
 MEDLINE(2006年5月中に調査)、EMBASE、紙資料から、無作為二重盲検法でオピオイド鎮痛薬が病歴、診察所見、診断ミス(治療上のミスを引き起こしたもの、つまり不必要な手術となったり、手術すべき時期を逸した場合など)、等について与える影響について検討した論文をピックアップした。
データの抽出
 著者のうち二人が別々に全ての論文を評価した。もう一人別の著者が二人の不一致を調整した。
データの総合
 9つの成人、3つの小児についての文献で、オピオイド投与により腹部診察所見に影響を与える傾向が認められた。診察所見の変化の相対危険度は成人1.5(95%信頼区間0.85−2.69)と小児2.11(95%信頼区間0.60−7.35)であった。8つの成人についての研究と1つの小児に関する研究(オピオイド投与により著明な鎮痛効果が得られた)に限定すると、プラセボ投与と比較して診察所見の変化が有意に認められた(相対危険度2.13、95%信頼区間1.14−3.98)。これらの研究は、著明な異質性を認めた(I2=68.6%; P=.002)。2つの研究のみが腹膜刺激症状の消失について有意な変化を認めたが、その他の所見については有意差を認めなかった。我々は治療上の不利益の危険を、診察所見の重大な指標として検討した。オピオイドの投与は治療上の不利益と有意な関係を認めなかった(絶対増加は+0.3%、95%信頼区間はー4.1から+4.7%)。3つの小児における研究では有意ではないが診療の不利益は減少する傾向にあった(ー0.8%、95%信頼区間ー8.6から+6.9%)。成人と小児を一緒に検討した研究ではオピオイド投与は診断ミスをやや減らす傾向にあった(ー0.2%、95%信頼区間ー4.0%から+3.6%)。
結論
 オピオイドの投与は診察所見を変化させる可能性があるが、診療上のミスを増やすとは言えない。今までの検討ではミスをやや増やす可能性は否定できないが、このミスと言うのは厳しい条件のもので、多少の手術の遅れや不必要とされた手術ですら、その時代の標準的治療の基準を満たしていた。発表された文献上は、オピオイド投与により、重大合併症を起こしたり、死亡したりした者はいなかった。


 ある有名なアメリカの本に書いてあるそうです。「It will take many generations to eliminate [the practice of avoiding analgesia] because the rule has been so firmly ingrained in the minds of physicians.(腹痛患者の診断がつく前に鎮痛薬を打たないと言う方針が消えるまで何世代も必要である。このルールは臨床医の心に深く焼き付いているためである)」

 この様なレビューを読んで勉強した訳ではありませんが、私は研修医の時から痛み止めを積極的に使っています。患者さんが痛がっているのを見るのが辛いのと、研修医の時の上司が「本当に痛い人は痛み止め使っても痛いでしょ。診察所見なんて変化しないよ。痛み止めで良くなるぐらいの痛みなら手術しなくても良いんじゃない?」と言われていたので。このレビューの言われている通りの事です。素晴らしい上司だったと思います。

 ちなみに、痛みが良くなったからと言って手術しなくても良いとは言えませんのでご注意を。例えば虫垂炎が穿孔すると、一時的に虫垂の圧力が下がりますので、痛みがなくなる事があります。


 もっともっと勉強したい方に、、、、、ややこしいです(英語は難しいです!)がちょっと解説します。

 痛み止めを使うと痛みがなくなり、例えばお腹を押しても痛くなくなる可能性があります。外科医は腹部が硬い(板みたいに固くなるので板状硬と言います)とか、押して離した時に痛い(反跳痛)等があれば手術を考えます。板状硬は反射みたいなもので、痛みが強いため、それを和らげようと腹部を固くして痛みを感じないようにしています。激しくお腹が痛い人は、静かに海老のようになって痛がります。動くと痛いからです。よく「イテテテ!早く何とかしろ!このやぶ医者!」と怒鳴ったり、暴れ回ったりする人がいますが、こう言う人は尿管結石が多いです。暴れても痛みは変わらないからです。緊急の開腹術が必要な人は暴れません。ちょっと脱線しました。

 確かに痛み止めによって板状硬が消えてしまったりすることはあるのですが、文献には「involuntary guarding or rigidity is thought to be a reflex spasm of the abdominal wall and thus should not be affected by analgesia.(板状硬は無意識のもので、腹壁の反射によって起こると考えられるため、鎮痛薬によって影響を受けるはずがない)」とあります。

 また複数の研究を総合すると、診察所見に影響がある事は間違いないようですが、重大なミスは起こらないようです。ミスは以下の4つの可能性があります。

 診断が違っており、手術すべきなのにしなかった。
 診断が違っており、必要のない手術をしてしまった(お腹をあけただけ)。
 診断が違っていたが、手術しなければならないのは同じだった。
 診断が違っていたが、手術しなくて良いのは同じだった。
  これらはミスはミスですが、前者二つのみを重大なミスとしています。

 重大な診断ミスが起こる頻度は有意差がなかったと言う事ですが、あえて差を出すとNNHが909だったそうです(絶対リスク減少0.1%)。NNHとはNumber Needed to Harmで、一人の人に危害が加わるために何人の人に介入を行えば良いかと言う指標で、909人に痛み止めを使うとそのうち1人が診断ミスとなると言うことです。この文献には両者の診断ミスの割合が書いてないのですが、例えばオピオイドを使った場合、重大な診断ミスが2%に認められたとすれば、プラセボを使った場合は1.9%だったと言うことです。2%と1.9%に差があると思う人はいませんよね。

 また痛み止めは、悪い事ばかりではなく、腹部エコーの特異度(違うと言う人を正確に違うと診断する率、これが高いと、この検査が病気であると診断した時に、その病気の可能性が非常に高い)が上昇するとか、小児では問診の正確さが向上する(痛くて話せないのが話せるようになるのでしょうか)と言う報告もあるそうです。

 腹痛患者さんに痛み止めを積極的に使うのが良いと思います(が、私は必ず入院してもらっています。入院が必要と思われないような人には使う必要ないでしょう)。

 論文にも以下のようにあります。

 Given the humane duty of physicians to relieve pain and the totality of the available evidence, clinicians should administer analgesia unless further studies document adverse events to patients directly attributable to opiates.

 痛みを和らげると言う臨床医の人間としての義務や、今まで得られているエビデンスを考慮すれば、今後オピオイドが患者に直接悪影響を与えると言う研究が報告されるまでは、鎮痛薬を投与すべきである。

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たいせい

あけましておめでとうございます。
昨年は沢山のご来訪&ナイス&コメントありがとうございました。
本年も宜しくお願いいたします。

家が決まらないとなかなか落ち着けないですね。

お体にお注意を(釈迦に説法でした (^_^) )
by たいせい (2011-01-05 08:38) 

Kim

たいせいさん、コメント&nice!ありがとうございます!

こちらこそよろしくお願いいたします。

家は今週末に決める予定です。医者の不養生と言うのがありますので(^.^)。

by Kim (2011-01-05 12:05) 

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