SSブログ

気管挿管後に胸の挙がりを診る事は意味があるのか?? [CPRの基礎]

 私が時々参加させて頂くICLSコースでは、2005年ガイドラインに対応してからも気管挿管の練習をしてもらっています。多分2010年ガイドラインになっても同じです。

 気管挿管を行った場合に最も重要な事は、本当に気管挿管されているか?と言う事を素早く判定する事です。患者さんに酸素を与える事が大切な事で、気管挿管する事が患者さん(特に心肺停止の場合)を確実に救うと言うエビデンスはありません。

 よって、気管挿管したら以下の事を素早く判定します。

(1)心窩部で胃に空気が入ってこないかを、聴診器か直接耳を当てて聴診、あるいは手で触って感じます。異常があれば食道挿管が疑われますので直ちに抜管し、バックバルブマスクの換気に戻ります。
(2)胸郭が左右差なく挙がっているかを見ます((1)と同時に行う事を推奨します)。左右差があれば深く入りすぎであったり気胸だったりします。どちらも挙がっていなければ食道挿管が疑われますので、直ちに抜管です。
(3)聴診を行います。音が聞こえない場合には抜管し、左右差がある場合には調節します。5点聴診か3点聴診かです。
(4)心肺停止であれば胸骨圧迫を再開します。よって(1)ー(3)は10秒以内に終了しなければなりません。
(5)気管チューブ内の曇りがあるかを見ます。
(6)酸素がきちんと繋がっているか、リザーバーは膨らんでいるかを見ます。
(7)食道挿管検知器、CO2チェッカーを用いてチェックします。

 これらについて調べた研究が英国医学雑誌に発表されました。「Endobronchial intubation detected by insertion depth of endotracheal tube, bilateral auscultation, or observation of chest movements: randomised trial」と言う文献です。日本語にすれば「気管チューブが挿入された深さ、両胸部の聴診、胸郭の動きを見る事により気管支内挿管が発見できるか?についてのランダム化研究」と言う感じです。原文はこちらです。無料で全文が読めますので、英語の得意な方はこちらを是非!


 要約を日本語にしてみました。気管支内挿管と言うのは日本語らしくない?と思うので「片肺挿管」にしてみました。

目的:成人の不慮の片肺挿管をベッドサイドで検出する方法のうち、どれが最も高い感度と特異度を持っているか調査する。
研究方法:前向きのランダム化盲検試験
研究施設:三次教育病院麻酔科
研究対象:19歳から75歳までの産婦人科あるいは泌尿器科手術を受ける(アメリカ麻酔学会分類IかII)患者160名。
介入:患者は8つの群にランダムに分けられた。4つの群では気管チューブ先端を気管支鏡で確認しながら気管分岐部の2.5−4cm口側においた(つまり正しい挿管)。一方別の4群では、気管チューブ先端を右の主気管支においた(つまり片肺挿管)。4つの群は気管チューブの位置確認のために4つの異なる確認法を用いた。気管内にチューブが適切に挿入されているかどうかを判定するために、それぞれの患者を1年目の研修医と麻酔指導医が無作為に次に述べる方法で確認した。両胸部の聴診(聴診群)、両胸郭が左右差なく挙上しているかどうか見て触って確認(観察群)、チューブが挿入された深さによって適切かどうかを確認(チューブの深さ群)、またはこの3つの方法を全部行う(全部群)の4つである。
主なアウトカム(研究で最も明らかにしたい事):気管チューブが適切な位置にあるかどうかを判定する方法。
結果:160人の患者が、研修医と指導医により合計320回の判定を受けた。1年目の研修医は聴診では55%の患者で片肺挿管を見逃した。これは指導医による判定よりも有意に精度が悪かった(オッズ比10、95%信頼区間1.4-434)。チューブの深さ群では感度が88%(95%信頼区間75%ー100%)、全部群では感度100%であり、聴診群(感度65%、95%信頼区間49−81%)、観察群(43%、95%信頼区間25%ー60%)よりも有意に感度が高かった(P<0.001)。4つの方法とも特異度(正しく?片肺挿管されている事を検出する割合)は同じであった。正しい位置にチューブが挿入される深さは、女性21cm、男性23cmであった。しかし、この深さまでチューブを挿入することにより、チューブの先端が気管分岐部から2.5cm(患者の頭の位置の変化などにより不慮の片肺挿管となる事を予防するために推奨されている位置)未満となる患者が、女性で20%(118人中24人)、男性で18%(42人中7人)あった。よって適切なチューブ挿入の深さは、女性で20cm、男性で22cmと考えられた。
結論:経験の浅い医師は、不慮の片肺挿管を検出するために、聴診よりもチューブの挿入された深さに頼るべきである。しかい、経験のある医師であっても、周囲の雑音のために聴診が困難な状況(例えば救急現場やヘリコプター内など)である場合は特に、チューブの挿入を女性ならば20−21cm、男性ならば22−23cmの深さにする事は有用である。しかし、片肺挿管を除外するのに最も高い感度と特異度を持っているのは、チューブの深さ、両肺の聴診、胸郭の動きの左右差の観察を組み合わせる事であった。

 間違えないようにしなければいけないのは、この研究は食道挿管を検出するための方法を調べたのではないと言う事です。気管に挿管されているのは当然と言う前提です(何しろ気管支鏡で確認しているのですから)。救急現場や救急外来で気管挿管した場合、聴診しても意味ないんだ!胸郭の上がりなんて感度が45%しかない!挿管チューブが22cm入っていれば良いんだ!とBMJに書いてあったから聴診なんてしなくていい!!胸の上がりも不要!と言う事はやめましょうね(そんな人いないか)。食道にも22cm、あるいはそれ以上入りますよ。

 食道挿管を気管支鏡で確認して、、、、、、と言う研究は倫理的に問題がありそうなので、行いにくいでしょうね、、、、、

 指導医は研修医の10倍聴診の精度が高い!と言うのは歳をとった医師としては嬉しいですね(^.^)。95%信頼区間が1.4−434と言うのもすごいです。胸郭の観察も指導医の方が4.5倍(95%信頼区間0.9−42.8)正しく判断できると言う事ですが、95%信頼区間が1をまたいでいるので、有意差はないと考えられるのでしょう。深さと全部組み合わせた群では経験の差は認めなかったようです。

 本文から計算すると、聴診による正しく気管挿管されているかどうかの指導医の感度は95%、特異度は85%、研修医は90%、特異度45%だそうです(55%見逃すと言うのはここから来ています)。研修医がきちんと挿管されていると言ってもそうでない可能性が結構高いのでちゃんとチェックが必要ですね(もちろん指導医も85%の特異度なので別の方法での確認が必要でしょう)。それから挿管に成功する確率も関係していますから、複雑です(^.^)。
nice!(4)  コメント(4) 
共通テーマ:学問

nice! 4

コメント 4

IDFU

挿管、いろいろ考えると実は難しいですよね。

食道への挿管はあってはなりません。

喉頭展開下に直視でチューブの黒リングが声門に一致しているかが
判断のひとつでもあり、門歯位置はあくまでも目安でしかないと教わり
ました。

スタイレットを使ったり使わなかったり、
スタイレットの形状もいろいろ・・・
マランパティにコーマック(その他)・・・十人十色ですね。

大切なのは『患者さんのために間違ったことをしない』というところ
ですね(^。^)

カプノメータがたくさん売れる日も近いでしょうか??
by IDFU (2011-01-02 21:34) 

Kim

IDFUさん、コメントありがとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

おっしゃるように喉頭鏡を使って気管に入っているかを見るのが一番確実でしょうね。でも喉頭鏡をちゃんと使うのは医師でも難しいですよね(私も自信ありません)。

よって色々な方法が提案されるのでしょうね。

カプノメーターは救急車にも今積んでいますので、売れるでしょうね!

利益相反はないのでしょうかね(^.^)。

by Kim (2011-01-02 21:39) 

ハッスル

救命士による気管挿管のアリバイ(病院に着いたら”食道挿管やんけ!”と怒鳴られても”病院到着まではカプノでモニタリングしていましたので、移動時に逸脱したんでしょ。移動時に逸脱しないように注意しましょう”と受け流す)になるとやら。

インストラクターですが、騒音環境下での聴診はマジで自信がありません。というか現場ではそれ以外で賄っているという方が正確です。エアウェイスコープがテレビ並みに安価になってホイホイ購入できれば、他人の挿管も供覧できるようになるし、いいのになあ、と思っています。
by ハッスル (2011-01-06 04:10) 

Kim

ハッスルさん、コメントありがとうございます。

騒音環境での聴診は難しいですよね、お疲れ様です。

エアウウェイスコープ確かに安くなると良いですね!

by Kim (2011-01-06 05:02) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。