SSブログ

血液ガスを取る前に酸素を投与してはいけないか? [研修医教育]

 いつものように結論を先に書きましょう。血液ガスをとる前に酸素を投与して良いです。と言うかすべきです。低酸素は患者さんにとって不利益です。必要なら直ちに酸素を投与しましょう。血液ガスデータの解釈は後でどうにでもなります。

 以下説明です。時間のない方はこれ以上読む必要はありません。自信を持って酸素投与を開始してから、動脈血採血をしましょう。いつ採血するかは色々ですが、データが落ち着くまで20分はかかるというのであれば、酸素投与を開始してから5分後に取った値はあてにしないで、酸素投与開始20分後に再度測定すれば良いです。いつの採血か分かっていれば問題ありません。

 さて、血液ガスを採取する目的の一つに酸素化能の評価があります。肺胞気-動脈血酸素分圧較差という長ったらしい項目を計算する必要があります(と言うか計算していますか?必ず計算しましょうね)。この項目は略してA-aDO2とかA-aO2gradientとかP(A-a)O2とか言われていますが、ここではA-aDO2と記載します(肺胞と動脈血の酸素分圧の差は肺胞だけが原因で起こるのではないので、この表現は正確ではないと聞いたことがありますが、細かいことはいいでしょう)。

 A-aDO2は以下のような式で計算します。

A-aDO2=PAO2−PaO2
PAO2=PIO2−PACO2/R
 Rは呼吸商で通常は0.8です。詳しくはこちらのWikipediaをご覧ください。
 PIO2=(760−47)×FIO2で760は一気圧、47は37度における飽和水蒸気圧です。
 また、PACO2=PaCO2と仮定します。

 後者の式は肺胞気式と言われていますが、本当はもっと複雑です。こちらの論文を見ていただくと理解できると思いますが、以下のような式です。

PAO2=PIO2ーPACO2/R+(1/R−1)×PACO2×FIO2

 つまり(1/R−1)×PaCO2×FIO2だけ差があります。この項目はFIO2が上昇するほど大きくなりますので、酸素投与をすると、(簡易式を用いるので)正確な評価が出来ないと言うのです。


 この差をもっと簡単にすると、1/R-1はRが0.8ですから、0.25になります。よって、正確な肺胞気式と簡略した肺胞気式の差は以下のようになります。

(1/R−1)×PaCO2×FIO2=0.25×PaCO2×FIO2

 PaCO2が40の時に100%酸素を投与しているとこの値は10になります。10の差が大きな意味を持つかと言えば、どうでしょうか。A-aDO2の正常値は0.3×年齢以下とか、2.5+(0.21×年齢)以下とか色々あります。0.5×年齢以下というのもありました。正常値にこれだけ差があるのですから、10ぐらいの差は許容範囲だと思います。

 他にも以下のような誤差を生み出す要因があります。
・呼吸商は0.8か???
 呼吸商は0.8としていますが、本当の呼吸商はその時の代謝によって異なります。
・大気圧は760か?
 PIO2=(760−47)×FIO2ですが、測定した場所の正確な気圧は分かりません。多少の誤差があるでしょう(低気圧が通過中には少し低いのではないでしょうか)。
 例えば私が勤める病院の標高は40m程度のようです。気温25度で海面が1気圧の時、病院の気圧は756mmHg程度のようです(こちらのサイトで計算し、こちらのサイトでhPaをmmHgに変換しました)。ほぼ誤差の範囲ですが、松本市は標高600m程度のようで、気圧は710mmHg程度になります。酸素投与なしの場合PAO2が10程度の低下を認めます。これらも考慮して解析しているでしょうか。
・体温は37度か?
 血液ガスは37度の状態で測定するようです。体温が40度ある人では補正が必要ではないかと思われます。760−47の47は37度における飽和水蒸気圧です。体温36度では44.57、38度では49.7、40度であれば55.33になります。
・PAO2は本当か?
 PAO2はあくまで理論上の値です。本当の値は測定できませんし、たぶん、理論とは多少異なるでしょう。
・A-aDO2は酸素投与をすると高くなる。
 A-aDO2はそもそも酸素投与をすると高くなるそうです(だから酸素を投与してはいけないんだと言われてしまうと困りますが)。経過を診て、A-aDO2が低下してくれば改善したと考えてはいけないのでしょうか。そうであれば、酸素を投与する前のA-aDO2がいるのかどうかと言えば、いらないのではないでしょうか。
・酸素濃度は正確か?
 酸素投与なしの場合の酸素濃度は20%(FIO2なら0.2)としたり、21%としたり、20.7%としたりしています。採血した場所の酸素濃度が正確に分かるわけではありません(前に診た患者さんに酸素全開で投与していたら、酸素濃度が少し高いのかも知れません)。まあ、大きな差はないのでしょうが。
 酸素投与をすると、人工呼吸器管理をしている場合を除けば、正確な吸入酸素濃度は分からないですよね。これは、だから酸素投与をしてはダメなんだという理由になってしまいそうですが。

 よって、多少の誤差は許容すべきだと思われます。どうしても正確さを追求したいので、酸素を投与する前に血液ガスをとるんだ!と言う人は、正確な肺胞気式で計算すれば良いと思います。例えばこちらのサイトは値を入力すれば自動的に正確な肺胞気式によるPAO2を算出してくれます。サイトを使わなくても微分積分とかlogが出てくるわけではないので自分でも計算できます。また、体温や気圧もきちんと評価するべきでしょう。

 よって、酸素を投与しようとしたら「血液ガスをとるまで待て!」と言われたら、以下のようにしましょう。
・「低酸素がひどそうなので、酸素投与の方が優先されると思います」と伝える。
・「酸素を投与しても、正確な肺胞気式を使えば良いじゃない!」と伝える。
・「この人は血液ガスをとらなくても、酸素化能が悪いのは火を見るより明らかではないでしょうか?」と言ってみる(その結果は保障しません)。

 たぶんですが、血液ガスをとるまで待て!と言われた時、血液ガスがなかなか取れなかったり、「凝固していて検査できませんので採血をもう一度お願いします」とか言われます、、、、、、知らんけど。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:学問

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。