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救急救命さんに気管挿管をしてもらうことはいけないのか?(その2) [医学関連]

 かなり反響があるようで、貴重なコメントを頂いています。ありがとうございます。

 まる医さんから長文のコメントを頂きましたので、お返事させて頂きます。まず、最初にですが、私はただの末端の医師です。救急科専門医を持っていますが、ただそれだけで、地域のメディカルコントロールにも関わっていませんし、しょうもないアイドルオタクのおっさんの戯言です。
 それから、私は救急救命士さんと何か利益相反がある訳ではありません。むしろ救急救命士さんは嫌いです。気管挿管も推進派という訳ではありません。私もエビデンスはわりと好きです。

 以下一つ一つ私の意見を書かせて頂きます。是非ご叱責頂ければ幸いです。

>「一人でも多くの人を救いたいという思いはみんな持っています。いい加減な気持ちでは、救急の仕事は出来ませんし、気管挿管の認定をとるためには、救急救命士さんは大変な思いをされています。」
→そのような気持でいっしょうけんめい現行の制度下で許される範囲の症例について救急医療に携わる一人一人が個々の症例についてベストと考えられるやり方で高度気道確保を実施してきたのですよね?そのデータを集積した結果報告が、ここで取り上げられているJAMAの論文なのですよね?

 そうですね。でも、これは過去の話です(2005年から2010年)。蘇生のガイドラインもこの後変わっています。釈迦に説法ですが、論文でこうだったから、絶対こうすべきであるというのはちょっと過激ではないでしょうか。
 蘇生に関して言えば、アドレナリンの投与は心拍再開率を高めますが、生存退院率は上げません。それではアドレナリンを中止すべきなのでしょうか??メイロンは意味がないと再三ガイドラインに書かれているのに、ほとんどの医師が使っています。循環器系の医師は意味があると主張する人も多いです。これはこれで良いのではないでしょうか。

>「また、これは大変難しい医学的な議論です。確かに、論文では意味がないという結果が出ていますが、個々の患者さんにそれが適応できるかどうかは難しいところです。論文でも、今後の検討が必要であると書かれていますよね。」
→話題になっている論文によれば、救急救命士(海外ではparamedicsなど)による院外気管挿管が転帰を改善するというエビデンスはほとんどなく、心停止患者、外傷患者、小児患者など様々な症例で転帰が変わらないか、むしろ有害とされる論文が大多数を占めるとされていますよね?「一人でも多く救命したい」という崇高な気持ちで一人一人の患者さんについて熟慮の上、高度気道確保を適応させてきたデータを積み上げたところ、BVMに軍配が上がるという結果が示されているのですから、「個々の患者さんにそれが適応できるか難しい」と指摘するのはいささか的外れの気がしないでもありません。少なくとも、日本の現行の制度下で「個々の患者さん」について熟慮して気管挿管が適切だと救急救命士が判断して気管挿管を行っても、BVMよりも転帰が悪かったということをなぜ素直に受け止めていただけないのでしょうか?今すべきことは、気管挿管にはそれでも利点がある、と根拠もなくこだわることではなく、この論文でも示されているとおり抜本的に病院前救護における気道確保のあり方を見直し、救命の連鎖の最初の三段階(迅速通報、バイスタンダーCPR、パブリックAED)により多くの資源を投入する方途を確立することなのではないでしょうか?今後の検討が必要なのは、「病院到着前の高度気道確保が有益な患者群が存在するのか否かを突き止める」ことであり、結果が確定的ではないから現行の制度で救急救命士の院外気管挿管の対象である院外心停止患者一般については従前通りのやり方を続けてもよいという意味ではないのでは?

 おっしゃる通りですが、論文に書かれたデータは、そのまま信じてはいけないのではないでしょうか?著者らも限界に関して以下のように書かれています。
 「現時点においてもっとも精度の高いこの観測研究の結果に基づき、今後は心肺蘇生中の高度気道確保を控えるべきであろうか?病院前救護にあたる救急隊員の習得すべき技能から高度気道確保法を除外してしまうという方針もあろう。しかし、長距離の搬送が必要な場合や、心停止には至らない呼吸不全患者に対応する場合(下線はブログの著者である私)などを考えると、そのような方針転換は高度気道確保法が有効である可能性が推察される状況を閑却してしまうことになりかねない。今後さらに研究を重ね、病院到着前の高度気道確保が有益な患者群が存在するのか否かを突き止める必要がある。また、観測研究では無作為化比較対象試験のようには因果関係をはっきりさせることはできないため、院外心停止患者の気道確保法の絶対標準を確立するべく十分な検出力をもつ厳格な臨床試験を今こそ行わ なければならない。」
 それから誤解があるようですが、私は全ての患者さんで気管挿管をすべきと言っている訳ではありません。また、気管挿管をしたがる救急救命士さんの存在を肯定する訳でもありません(むしろこういう人は嫌いです)。エビデンスはないが、必要な場合があると言うことです。

>「救急救命士さん導入の時に、元フジテレビの黒岩さん(横浜の知事)が活躍されたのですが、その時に言われていました。現在の救急救命士ではなく、将来の救急救命士を見て欲しいと。下手くそな処置をしている映像を映さず、上手く出来た映像を流したのを「やらせ報道」と言われたんです。」
→救急救命士(もしくは海外のparamedicsなど)による院外気管挿管の失敗率は20%にものぼるとされています。これほど高い失敗率で気管挿管を行うということを隠蔽していることを「やらせ」といわれても仕方ないのではないでしょうか?代表的な失敗例は、食道挿管に気づかずに搬送してきてしまうというものですが、挿管実施者が「気づかない」のですから、彼ら自身はそんなに失敗率が高いはずがない、と思っているかもしれません。

 上手く説明できませんが、黒岩さんの原文はこちらにありますので、ご覧ください。気管挿管の失敗が20%あると言うことを隠している人は別にいないのではないでしょうか。食道挿管に気付かないのはいけませんが、気管挿管が失敗することは、失敗と言えないと思います。当然あり得る結果で、それでも行わなければならないという場合にのみ実施すべき処置でしょう。

>「気管挿管がどうしても必要な患者さんがおられます。その人のために気管挿管の技術は必要です。その為に、救急救命士さんの気管挿管を受けていただける方も必要です。」
→「気管挿管がどうしても必要な患者さん」がいる。と断言されていますが、これは病院前救護において救急救命士が気管挿管をしなければならない対象症例があるということですか?だとすれば、それはどんな症例ですか?これまで発表されてきた関連研究では、まだその点についてははっきりしていないはずですが?

 こちらに一例があります。

>JAMAの論文をなぜこれほどまでに曲解したり否定したりされるのか、理解に苦しみます。「しがないサラリーマン」と自称されるお方がおっしゃるように、医学の専門ではない方々にしてみればこのような姿勢は「こわい」と感じてしまうのではないでしょうか。

 そう思わせてしまったとしたら、大変申し訳ありません。気管挿管は予後を改善しないか、むしろ悪化させるという論文が出たので、挿管は辞めるべきだという論調になるのが怖いと感じています。NNTと読んで良いのか分かりませんが、絶対リスク減少は2%行きません。55人の人に気管挿管を行わないと、そのうちの一人に意味があるという事ですよね。データとして差が出たとして、本当に意味があるのかどうか、こちらも検討の余地がありますよね。
 また、再び必要になった時に、導入するのが大変だからです。実際にやるかやらないかは別として、やれる技術を持っていて欲しいし、やれる法制度?が維持されて欲しいです。これは適切だったかどうかは、メディカルコントロール協議会でちゃんと議論され、救急隊にフィードバックされている訳ですし。

>このコメント欄のやり取りには、医学が専門ではない方に「こわい」と感じさせてしまう要素が三つあると思います。
1.善意の専門家(救急救命士、医師など)がこれまで積み上げてきた実績を詳しく解析してみたところ、善意とは裏腹に実は結果が悪かったのに、当事者がそれを認めようとせず善意が否定されたように感じてなのか、現実を見ようとしないという不誠実さが感じられる。

 そう思わせてしまい申し訳ありません。

>2.挿管したいから挿管にこだわる救急救命士と、救急救命士に挿管をさせたいから挿管にこだわる救急専門医の結託という構図が見える。

 こちらもそう思わせてしまったのであれば、申し訳ありません。

>3.転帰を改善させようとする意志が、医師にも救急救命士にも感じられない。全体の利益と、例外的な一例とを混同している。例外的な一例のためにほかの多くの症例を犠牲にしても構わないという考えを持っているかのように見える。

 こちらも申し訳ありません。心肺停止なら全例やるべきだとは全く思っていません。基本はバッグバルブマスクで良いと思います。必要な場合にはやるべきだし、必要かどうかを判断する能力は鍛えて欲しいです。この論調だと、救急救命士さんの行える処置として気管挿管は外すと言う事になるのが怖いと思っています。

 きちんとしたお返事になっていないかも知れません。是非、コメント欄に(別の方も歓迎します)色々お願いいたします。厳しい意見是非期待しています。

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すぐるん

先生が救命士嫌いなんて初めて聞きました。
救命士に理解あると仰ってただけに、悲しいです。理解あるのと好きという事はイコールでは無いという事ですよね。
先生、どういう所が嫌いか教えてくださいm(._.)m
by すぐるん (2013-10-05 21:56) 

Kim

すぐるんさん、コメントありがとうございます。

書き方が悪かったですね。全ての救急救命士さんが嫌いという訳ではありませんし、救急救命士制度も嫌いではありません。一部の、自分は命を救っている!!みたいな方、不勉強な方、特定行為などをやりたがる方、、、がいるので嫌いという意味です。救急救命士さんについては理解をある程度していると思っています。

これは、医師にも言えます。自分も含めてですが、横柄な態度を取る医者、不勉強な医者、手術や手技が好きな医者、俺が命を救っているんだ!と言う医者、、、、、同じですね。

挿管をしたい救急救命士と、挿管をさせたい救急医という表現に思わず取り乱してしまいました。申し訳ありません。

これからもよろしくお願いいたします。

by Kim (2013-10-06 07:14) 

田舎の救命士

病院到着前に気管挿管、ルート確保、アドレナリン投与が実施されていれば搬入後に医師は何もしないんですか?

そうじゃないでしょ?

次の高度な救命処置への時間短縮になるとは考えれないのですか?

救命の連鎖って言葉知ってます?





by 田舎の救命士 (2013-10-07 00:50) 

Kim

田舎の救命士さん、コメントありがとうございます。

難しいところはそれです。気管挿管も、ルート確保も、もちろん救急救命士さんがやってきてくれたら,確認後病院で使います。抜く人はいません。病院内でも挿管やルート確保が蘇生に激しく有効だというエビデンスはないはずです。でもやります。

次の高度な処置への時間短縮になるか?については、現場で挿管やルート確保をすると、病院に到着する時間が延びる可能性があると言うところだと思います。たぶん、話題になっている論文もそうですし、エビデンスが出ないのは、そこにあるんだと思います。早く搬送することと、時間がかかるけど高度な処置をすること、どちらを選ぶか、、、、そこが難しいところですよね。

救命の連鎖については何度かこのブログでも取り上げていますし、AHAインストラクターをさせていただいていますので,もちろん知っています。早期のACLS(現場での高度救命処置も含みます)は生存率を高めるというエビデンスはありません。大事なのは早期通報、早期CPR、早期除細動ですね。

by Kim (2013-10-07 06:09) 

心の救命士

私も医者が嫌いです(笑)
でも尊敬できる医者もいます。
もちろん救命士にも同じような人がいます。
また、救命士制度はまだまだ未熟な部分がたくさんあると思います。
良いも悪いも、もっと議論が高まる必要があるはずです。(MCではなく、国レベル)

by 心の救命士 (2013-10-07 09:30) 

Kim

心の救命士さん、コメントありがとうございます。

そうですね。制度が出来て20年ぐらいたちましたから、救急救命士さんについてもっと議論して頂きたいですね。アメリカのように彼らがヒーローに見られるように!

by Kim (2013-10-07 11:19) 

田舎の救命士

先生 昨日は失礼しました。

私たち田舎の救急は、ERに到着するまでに 長いときで40分〜50分。
山間部では、車内収容するまでに20分以上かかる事例もあります。

もちろんドクヘリもありますが、ランデブーポイントまでの移動時間もあります。

エビデンスなんですよね。。
by 田舎の救命士 (2013-10-07 20:12) 

Kim

田舎の救命士さん、コメントありがとうございます。

論文にも搬送時間が長い場合は必要になるかも知れないと書かれています。搬送時間の長さによって検討する必要もあるでしょうね。

だから、エビデンスと言っても、、、、、、なのです。

by Kim (2013-10-08 08:37) 

通りすがり

こちらにもコメントしてすみません。

救命士挿管について、色々な問題がありますが、ひとえに

「技術を習得できないであろう症例数(30症例)で、修了させ、技術を維持できないような現場での経験によって運用されていること」

が問題だと思います。

よくわかりませんが、

「挿管は出来る人なら数分で出来ます」「食道挿管はしても仕方が無いが・・・」云々はやはり救急医だなと思います。

挿管は技術をきちんと習得した人間なら、数秒でするものだし(30秒もかかったら遅いです。)、食道挿管なんてするのは1000例に1例もないくらいだと思います。数分かかる医師は技術を習得できていない医師だと思います。

基本的にごく普通の医師でも習得できていない挿管と言う技術を、たった30例(研修医で言うと麻酔科回って1ヶ月ちょっとですよ!?)で修了した気になって、どうせ月に1度もない経験で維持するなんてこと自体がナンセンスだと思います。

というか、それ(救命士はそもそも適切な挿管できる技術が無い)を理解した上で、本当の意味での「一か八か」を試して、失敗だったらすぐに撤退する、ということを徹底しない上での救命士挿管には私は反対です。
by 通りすがり (2013-11-22 00:00) 

Kim

通りすがりさん、コメントありがとうございます。

30症例で、年間1回あるかないか、、、、みたいな問題は私も改善が必要だと思います。細かくは別記事を書きますので、ご覧いただければ幸いです。

先生は数秒で行えると言うことで是非ご指導頂きたいですが、私が言っているのは、挿管とはここでは、喉頭鏡を持ってから、チューブが気管に入ってカフを入れ終わるまでのことです。私は数秒で行える自信がありません。技術を習得するよう努力します。ご叱責誠に感謝申し上げます。

食道挿管はしても仕方がない、、、、は救急医の考えとは知りませんでした。講習会などでは、食道挿管は結構な頻度であるので、それは仕方なく、食道挿管に早く気付くことが大切と教えさせていただいています。勉強になりました。

ちなみに以下のリンクには、経験年数が4年以上の医師では3%とあります。私はもっと頻度が高いと思います。もっともっと頑張ります。
http://www.mmc.funabashi.chiba.jp/safety/files/6_18.pdf

最後の一文は大賛成です。撤退する勇気を持てとどなたかが救急救命士さんにいつも言っていると言ってました。今後の救急救命士さんの活躍に期待したいです!

by Kim (2013-11-22 08:17) 

Kim

明日の朝7時にアップします。繰り返しになるかも知れませんが、よろしくお願いします。

by Kim (2013-11-22 09:06) 

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